(一社)日本はり医学会
名誉会長 宮脇優輝
はじめに
本会では、日本の伝統鍼灸術を誰でもわかる、誰でもできる脉診経絡治療を目指して学と術の研究に取り組んでいる。
本治法における証決定のテスターによる確認法を開発。また本治法での主証穴の補法のみなどを開発実践し臨床成績を挙げてきている。
今回は、標治法の一つとして、表題にある仙腸関節の重要性と、臨床応用について述べ、会員諸氏の臨床追試をお願いしたい。
仙腸関節の重要性
ご承知の通り仙腸関節は、骨盤を形成する2つの骨の関節である。ここでは解剖学的考察については個々にしていただくことにして、臨床に必要なことを話したい。
関節は、仙骨と腸骨が面と面で関節して、歩行時や両足の開脚、あぐらをかいて座る等の動き、ゴルフや野球などの激しい運動、そして妊婦の出産時の関節可動域の拡大など、考えられないほどの負担に耐えて私たちの動作を助けてくれている。
ところがこの関節がズレる(亜脱臼)と骨盤が水平に保たれず斜めに傾き、脊柱も側弯、勿論頸椎もズレてゆがんでしまう。
このような傾きには股関節も原因となることもある。
股関節の病気や大腿骨、下腿の関節のトラブルで同様の異常が起こることは承知のことと思う。
これらの異常は、立位でもわかるが、ベッドで仰臥位になり脚長差で確認すると患者にもわかってもらえる。
仙腸関節のズレ(亜脱臼)でおこる諸症状
1,次の症状の方は、仙腸関節がズレています!!
・頭痛、頭重、頭がハッキリしない、痛い、
・めまい、ふらつき、よろける、耳の後ろが重い痛い、耳が聞こえにくい、ふさがる感じ。
・よく鼻がつまる。
・最近目が疲れる、物が二重に見える、視力が落ちてきた
・頸や肩こりがつよい。急に肩が痛くなった
・胸苦しい、動悸がする、胃が重い
・背中が張る、腰が痛い、すぐギックリ腰になる
・太ももが痛い、膝が痛い
・足首をよく捻挫する、足の裏が痛い、かかとが痛い、足の指が痛い、足の
裏が痛い等々
・生理不順、最近冷え症になった、小便がちかい。夜中にトイレに起きる等々
2,これらの諸症状は、腰のすぐ下の仙腸関節がズレたことでおこった症状であることが多いです。
臀部にある仙骨と腸骨が作っている関節(仙腸関節)がズレ(亜脱臼)たため、左右の足の長さが違って脊柱がゆがんでいろいろな症状が発症します。
3,なぜ、仙腸関節がズレるのか?
それは日常生活のなかで起こることが多いです。
例えば、椅子に腰かけたとき足を組む。テレビを見るときやパソコンを使うときなどいつも同じ方向から見ている等心あたりはありませんか?
いますぐなおしましょう。このクセを治さないと症状は良くなりません。
詳細は当院にお尋ねください。
経絡治療と仙腸関節
経絡治療においては、病症を経絡の変動として証を決定し、本治法を行えばよいのであるが、それでも関節のズレが良くなっていない
こともある。(多くは技術の優劣による)
これらについて後述したい。 その時は良くなっても、すぐまたズレて諸症状を訴える患者もいる。
|
現時点での治療法
(1)証は、肝虚証を中心に、単一証、それに相剋の副証を考える。 陽経は胆経を処理する。時に肺虚肝実証、腎虚証などもあるが、いずれも主証穴一穴で下肢が左右揃う!腰仙部の経絡病症は、腎兪から仙骨部までは腎の主り。志室(膀胱経二行線)より外側は肝の主り。臀部も肝の主りである。
(2)奇経は、陽維脉。陽維脉に足厥陰脉を加えることもある。または陰蹻脉の時もある。
(3)標治法
① 関節が炎症を起こしている時圧して痛い側に知熱灸の瀉法。その反対側の関節に補法を行う。
② 置鍼を行うときは、関節の周囲にステンレス1番鍼で切皮置鍼、反対側は3番鍼を置鍼、それぞれに五分と八分の施灸を行うとよい。
③ 血絡があれば刺絡療法を行うとよい。
④ 関節の捻挫がひどいときには、骨盤ベルトを着けてもらう。
背部全体を腸骨の上後腸骨棘で調整する方法があるが、現在追試中で次回に報告する。
症 例
症例1
頭痛と花粉症
8歳 小学2年生女子
頭痛は4歳ころより母親に訴えていた。親も医師に診せたが特に何もないとのこと 花粉症は杉花粉の時がひどい。仰臥で後頸部を診ると右天柱に反応あり。右下肢が長い。
治療 奇経でよくなるかを試みた。右外関に銅テスター、左臨泣にアルミテスターを貼付すると頸部の反応も消失、下肢もそろう。奇経
は来院できない日自宅で金銀粒を付けて治療してもらうためのものである。
本治法 肝虚証 左太衝と右商陽を補う。(右商陽の補法は肝を剋している肺実を抑えるため)
標治法 仙腸関節部の知熱灸。
よくしても次回来院すると元に戻っているので何をしているのか聞いたら、ゴルフとバレエを習いに行っているとのことである。10回
で治癒。
症例2
頭痛と腹痛と鼻血
中学3年生 14歳男子。
雨の降る前にかならず頭とお腹が痛くなる。鼻血は花粉症で鼻を触るからとのこと。
身長174cm 学校のサッカークラブで練習
仰臥で後頸部を触れると左に硬結をふれる。右下肢が長い。
いつから頭が痛くなったのか聞くと、ずいぶん前で分からないという。
父親に聞いてみると、小学校3年生くらいかな?と。朝目が覚めて頭が痛いというと叱られてお腹が痛くなっていたようである。
治療 奇経の効果を確認する。右外関(+)左臨泣(−)のテスターを貼付するも、まだ頸部も下肢もあまり動かないので、左太衝にも(+)通里(−)を追加貼付すると、頸部も下肢もよくなった。これは自分で治療してもらうことにする。
本治法 証は肝虚証 右太衝と左商陽を補う。左胆経外丘に補中の瀉法。
標治法 仙腸関節や腰部が硬くなかなか動きにくい。関節周囲に知熱灸。腰椎5番の棘突起が右斜めに傾いている。8回の治療でよくなった。
症例3
右膝腫脹痛
45歳 会社員 男性
なぜ膝が悪くなったのかわからない。左右差を測定すると1.5cm左が大きい。
本治法 証 腎虚脾実証で2回治療するがよくなく、肝虚脾実証 右曲泉に補法 左地機に補中の瀉法
標治法 腫れている膝の周囲に1番鍼を1.5cm間隔で置鍼し、5分灸で取り巻いた。術後は腫れもほとんど引いた。
奇経 膝の腫れを引かすことと、階段の昇降にできるだけ苦痛のないように奇経パターンを決めた。仕事の都合で当院には週1回しか来
れないというので、自宅でお灸を頑張ってもらうようお願いした。 やはり4〜6か月は一進一退であった。その後脚長差を見つけ、奇経
のツボを変更、4週間後来院したときは、膝の腫れは引いていた。まじめな方で毎日欠かさずお灸をすえたとのこと。
症例4
のどが詰まるという若い青年が来院
26歳 会社員
2〜3か月まえから発症し、耳鼻科も受診。どこにも異常はないとのこと。梅核気である。のどの詰まりで吐気がすることもある。
証は、肝虚証 左曲泉と右商陽を補う。3回続けて治療。良くなり仕事に出た。その後、時々のどが詰まることがありその都度来院したが最近は来ない。3回治療した時、咽頭が右に傾いているのに気が付いた。そこで、下肢の脚長差をみたら、やはり大きく長さが違っていた。奇経の陽維脉に金銀粒を貼付するように指示した。
症例5
25歳 主婦
朝から後頭部やコメカミが痛く、嘔気がしたり、ふらついたり気分の悪い日が多く、電車にも酔う。2年前に長女を出産後ひどくなった。症状は高校生のころからあったとのこと。
証 肺虚肝虚証で1回目治療したがよくない。2回目腎虚心実証でもよくない。よく見ると左右の足の長さが違う。肝虚証に変更して、右太衝と左商陽を補う。脉状は細く陰陽の差があまりない。腹診も虚実の変化がわかりにくかった。肝虚証にしてから経過はよく、現在2週間に1回の治療、陽維脉の奇経を自宅でお灸している。
症例6
ギックリ腰のこじれた症状
45歳 主婦パート
2か月くらい前から、整骨院で子供連れ患者の子守の担当をしていた。子供が泣くと床から抱き上げてあやす。2週間前子供を抱きあげた時、左腰にギクッと痛みを感じた。院内の若い男性柔整師に20分ほどしっかりと揉んでもらった。次の日も。とうとう歩くのもやっと。当院まで自転車でやっと来た。
治療 はじめに奇経の陽維脉と陰蹻脉をテスターで効果のあることを確認して温感無熱灸で奇経灸3回繰り返すと、少し動けるようになったのでベッドに仰臥になってもらった。
証 右肝虚証 定則どおり本治法をおこなう。
標治法 背臥位で腰部を見た。仙骨部が腫れている。知熱灸で補瀉を行い1回目の治療を終わる。4回目くらいから良くなってきた。5
回目は適応側を左に変更。仙骨部の右外虚、左外実に補瀉の局所治療をおこなった。この後2回の治療でやっと回復した。
考察とまとめ
(1)タイトルに腰痛が書かれているのに発表は1例だけであったが、仙腸関節のズレによる腰痛は常に臨床で行っており珍しいことではないので1例にとどめた。炎症のある部に刺激を加えると、改善しにくいが分かったと思う。
(2)小学生や中高生、そのほか成人でも慢性頭痛で悩んでいる人はたくさんいると思う。われわれがもっとアピールして多くの頭痛の患者を良くしてあげるようにしてほしい。
(3)骨盤はテーブルである。平でなければその上に置いたコップの水はこぼれてしまう。つまり足の長さが4本同じでなければいけな
いことはだれでもわかる。我々の足も左右同じ長さでなければいけない。仙腸関節が少しズレても体のどこかに異常が起こっていること
になる。脊柱が弯曲して背部兪穴がバランスをくずすことは当然である。
(4)骨盤が傾くと脊柱の側弯が起こる。特に頸椎も曲がってズレるため症例1、2、4、5などのように自律神経の症状を訴えるが、
現代医学では治すことができない。診察に注意して証決定を行うならば必ず良くなる。
(5) 骨盤は、仙腸関節のズレだけでなく、前後、左右にズレをおこしたりする。つまり歪みをおこしている人が多い。長期にわたり歪んだものは、気長に本治法を行っていくと正しい位置に戻っていくものである。本治法の優秀性が発揮されることを実感する。
おわりに
症例は、毎日たくさんあるのだが、6症例を読んでいただいてわかるように、左右の足先で脚長差を確認すればよい。
前に述べたように、本治法で脉を完全に整えられなくても、本会に入会して年数の浅い会員あっても治療効果はあげられる。
一人でも多くの患者さんを救ってあげてほしい。
脉を診て腹を診て証を決め本治法を行った。そして脉が良くなったらよい。だけど足の長さはそろっていない。症状も残っている。これは脉もよくなっていないはずである。
再度主証穴に補法をされるとよい。
文中に背腰部の調整に上後腸骨棘を治療する方法を追試中であると書いたが、とても効果がある。次回を楽しみにしてほしい.